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平城宮跡

平城京跡は、かつて平城京があった場所です。発掘の成果をもとに、朱雀門や庭園などが復元され、【古都奈良の文化財】の一部として世界遺産に登録されています。これは考古遺跡としては、日本で初めての登録になります。

平城宮

ここを訪れる前に、まずどんな場所なのかを知っておきましょう。表立った建物がありませんので、予備知識なく訪れても面白みがありません。平城宮は710年から784年まで、奈良に遷都した都、平城京の大内裏です。天皇の住居である内裏と、朝堂院という儀式を行う場所、役人の執務場所でもある役所が約120ヘクタールにも渡り、平城京の北に置かれました。平安京遷都後は農地として使われていましたが、明治時代に大極殿の基壇が田んぼの中の芝地にあるのが発見され、平城宮は1992年、晴れて国の史跡に指定された後、特別史跡に指定されることになります。余談ですが、同じ世界遺産に登録されている唐招提寺の国宝でもある講堂は、この平城宮の朝堂院にあった建物の一つを移築・改装したものです。

朱雀門

平城京の入り口の羅生門を抜けると、幅75メートルもの巨大な朱雀大路(すざくおおじ)が伸びています。そこを4キロメートル進んだ先に、平城宮の正門、朱雀門がそびえ立っています。かつての朱雀門は護衛にあたる者によって守られ、常に開かれたものではありませんでした。朱雀門の前では、元旦や外国使節の送迎に、儀式などが行われたり、大勢の男女が集まって恋の歌の掛け合いを、天皇が見たりするイベントなども行われていました。朱雀門には高さが6メートルもある塀が巡らされていて、広大な広さの平城宮を囲んでいました。その門の大きさや素晴らしさは威厳を放っていて、平城宮の権威を誇示していたように見えます。

平城遷都1300年記念事業

きたる2010年、奈良に平城京が誕生して1300年の節目を迎えます。これにあたり、記念祭が開催されることになっています。「美しい日本、はじまりの奈良」を合い言葉に、「歴史文化の対話と交流」をテーマに、平城宮跡をメイン会場として総事業費300億円をかけて行われる予定です。詳しくは協会ホームページをごらんください。http://www.1300.jp/

平城宮跡資料館

この資料館には、平城宮跡から見つかった長屋王(ながやのおおきみ)邸跡から発見された木簡や、当時の掘立柱、平城宮全体の模型や使われていた鬼瓦など、様々なものが展示されています。入場は無料で、ボランティアによる解説なども受けられます。ぜひ、この資料館で、平城宮の歴史に触れてみてください。

平城宮の桜と野鳥

4月上旬になると、平城宮にも桜が咲き誇ります。朱雀門をバックにした桜はとても美しく、第2次大極殿跡の周りは、桜の木が1000本もあります。桜の季節にお花見散策などいかがですか? 平城京跡には多くの野鳥も住み着いています。芝生をヒバリが歩いているかと思うと、湿地帯には水鳥のケリ、冬になるとオシドリやアリスイなどの野鳥が水上池を泳ぎます。いつ訪れても絵になる光景が展開されています。

平城宮資料館案内

住所:奈良県奈良市佐紀町

休刊日:月曜日(月曜日が祝日の場合、その翌日)、年末年始

拝観時間:9:00〜16:30

拝観料:自由(ボランティアによる説明あり)

平城宮資料館ホームページ:http://www.nabunken.go.jp/site/shiryou.html

COLUMN〜平城京よもやま話〜

現在の平城京には、目立った建物は朱雀門しかありません。お正月には凧揚げスポットになっています。それは邪魔になる電線がないからです。電線がないということは電柱もありません。見渡す限り空なのです。平城宮跡はとにかく広大で、平城宮跡がなければ、最寄りの近鉄西大寺駅と新大宮駅の間に、もう一つ駅ができてもいいのでは? というくらい広いのです。もう一つ、世間を騒がせた話を紹介しましょう。平城宮跡を国道24号線で挟んだ土地に、以前大手百貨店がありました。その百貨店の建設中に、なんと、長屋王邸跡が発掘されてしまったのです。そのまま工事を続行するか、もめにもめましたが、地下を作らないという条件で、地下のない百貨店が生まれたのです。現在は大手スーパーに変わっていますが、一角には長屋王の記念碑が建てられています。地下を作らないという条件と言いますが、上に建物を建ててしまっては元も子もないような気もします。奈良では遺跡の上に街が建っているようなものです。この百貨店のような出来事は珍しいことではありません。マンションや家を建てるときに、柱跡が見つかることも日常茶飯事です。その場合、その発掘されたものが歴史上で重要な人物や建物かを調査し、問題ないと判断されると工事は続行されます。重要なものだと判断されると、工事は中止を強いられるのです。

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